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水面の月 水面の月

第五回 ダライラマ法王のこと

清風学園
専務理事・校長
平岡 宏一

 4月29日、東京の護国寺にダライラマ14世を導師にお迎えして、東日本大震災四十九日特別慰霊法要が厳かに勤修された。
 私は1988年から二年間、インド亡命中のギュメ密教学問寺に留学し、その後、本堂の再建をお手伝いさせて頂いた経緯から、ほぼ毎年、ダライラマ法王に謁見させて頂く光栄に浴することになった。この度の法要では、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所の依頼で司会という大役を仰せつかった。今回は、約四半世紀に亘って法王の謦咳に接してきた一人として、不遜かもしれないが、私の拝見したダライラマ法王についてお話しさせて頂こうと思う。

 そもそも“ラマ”とは何かということについて、少し説明しておきたい。ラマとは、簡単にいうと師を示す言葉で、密教では阿闍梨をさす。チベット密教、特にダライラマ法王が所属するゲルク派では、経典を軽視して自分のスピリチュアルな経験こそが真正のものだと考える密教の伝承を強く否定している。真正のラマ(阿闍梨)について、ダライラマ一世の師の一人でもあったケートゥプ=ジェは次のように述べている。
 「ラマが示した口訣に随順したならば、先に分からなかったタントラの甚深なる意味が、容易く理解できる幇助となるならば、最高の口訣と知るべきである。タントラ部〔という〕宝に存在する最も深い諸々の修行の要旨を、正しいラマの口訣によって理解するために、すべての点から、タントラの意味に通じたラマに喜んで頂いて聞思に精進せよ。」〔『生起次第悉地の海』fols.7B6~8A4〕

 即ち、自学自習で分からなかったタントラに書かれた意味が、ラマの説法を聞くことによって合点が行き、容易に理解できるようになる口訣をあたえることができる存在が、ラマと呼ばれるのである。経文に忍ばされている要旨を、他の関係経典と照らしながら、大成就者のお考えの通りに、即ちインドやチベットの大成就者の典籍に沿って読み解き、解説するためには、経典やインドの学匠の典籍の内容に熟達した、高い教養が必要とされる。
 チベットのラマと言えば、スピリチュアルな霊能話ばかりしそうな印象を持っている方も多いと思うが、実際はそれとは異なり、厳密に典籍を読み取る教養と、弟子が合点の行くように説明できる説明力を有するのである。当然ではあるが、ダライラマ法王は、将にこのラマとしての最高の資格を完備されている方であるといえる。
 私の師ロサン=ガンワン先生は、密教の問答大会で栄えある第一位に輝き、ギュメの管長も務められた、現代を代表するチベット密教の碩学であった。師に秘密集会タントラの注釈を読んで頂いた際、師が注釈でどうしても分からないところは、「機会があれば、法王様に伺ってみなさい」と日頃からおっしゃっていた。いつか謁見の機会に法王に伺おうと考えていた私は、2006年の謁見の際に初めて質問させて頂いた。突然の質問であったにも関わらず、法王は私たちの誤解している点は何で、どのように考えるべきか、日本人の私でも完全に納得いくよう、即答された。
 当然といえば、当然のことである。しかし法王様は世界中を駆け巡って多くの要人に会い、パブリックトークをこなす多忙な日々を送っておられる。にもかかわらず、ガンワン先生ほどの碩学が理解できない専門的な問題を、私のような者にでも分かるよう平易に、しかも即答で説明されたのには驚嘆させられた。
 また法王様は、仏教を勉強しようとする者、或いは修行しようとする者に対しては、国籍や性別、聖俗の差別は一切なさらない方である。法王様が、慈愛に満ちた方であるのは、周知の通りだが、学問や修行を志向する者への厳しさも印象に残っている。
 2004年の謁見の際、ガンワン先生は、私の秘密集会タントラの理解が進んできていると法王様に報告して下さった。すると即座に「秘密集会タントラの“生起次第”〔修法〕を毎日実践しているか?」とお尋ねになった。法王様は、秘密集会タントラの灌頂を受けた者には“生起次第”の実践を義務付けておられたのである。突然のことなので、驚いた私は反射的に「実践します」とお答えしてしまった。一緒に謁見していたガンワン先生から「お前はやるといった。やらなければ嘘をついたことになる。必ずやらなければならない」と念を押され、翌日から毎日、1時間40分かけて生起次第の実践行をすることとなった。今では約45分でできるようになったが、始めた当初は大変であった。ともかく一年、欠かす事無く続いたとガンワン先生に報告したら、「法王様のお言葉通り実践したお前の積んだ徳は、目には見えないが大阪中を満たしている」と、大層なことを言って激励してくださったので、嬉しくなってさらに頑張ろうという気になった。2006年に清風学園に法王様が来校された際に、生起次第の実践をしていることを報告したら、たいへん喜んで下さり、以降、この次第の内容について質問させて頂く機会を何回も得た。
 法王様に仏教の質問をさせて頂くと、それまで笑顔で前かがみで謁見者と握手をしながら、お話されていても、握手を止めて必ず居住まいを正され、胡坐を組み直してお答えになる。かつて台湾で説法会をされた時に、「高い玉座に座って説法する由縁は、私がダライラマだからではない。私の説く話は、一切衆生を悟りに導くお釈迦様の法。私がお話させて頂く法が尊いからこの座に着くのである。」とおっしゃったと聞いたが、わざわざその居住まいを正される様子を見てそのことを思い出した。
 質問にはいつも即答でお答えになり、丁寧に答えて下さるので、約束の謁見を大幅に越えることも度々であった。昨年、ミスター入中論ことロサン・デレ先生と一緒に謁見した際には、先生が、ツォンカパの秘密集会の灌頂の注釈『灌頂真実妙照』を私に伝授する予定であることを報告すると、法王様は、「それなら併せてナーガボーディの『曼荼羅二十部』とダライラマ7世の著した『灌頂真実再照』を読んで講義をしなさい」とおっしゃった。私にはとても有難いことであったが、おかげでロサン・デレ先生は、私への1時間半の講義のために、一日の殆どを予習に当てなくてはいけないこととなった。
 また、ガンワン先生が遷化されたあと、法王様に謁見した際、家内の書いた『クショラー』〔御法インターナショナル〕をおめにかけたところ、法王様から本にメッセージを頂戴することになった。法王様は『クショラー』の中のガンワン先生の写真を見て涙を流された。一緒に謁見していた父が法王様のお気持ちを察したつもりで、「自分達と同じ年配者の僧が去っていくのは何とも言えず淋しい」と申し上げた。すると法王様は「私は同世代の年配の僧が亡くなったことを悲しんでいるのではない。真面目で優秀な指導者を失ったことを、心から悲しんでいるのだ」とお答えになった。法皇様のお心を現すとても印象深いシーンであった。

 法王様に癒しを求めて多くの人々が集まってくる。そのことは善いことだし、すべての生きとし生けるものに対する深い慈愛をお持ちであることは疑いようの無いことである。しかし救済される側ではなく仏教の修行をする側、つまり生きとし生ける全てのものを救済する側に回りたいとの希望を持つ者、即ち菩薩行を実践して行こうとする者に対して、法王様は聖俗問わず、妥協の無い高い目標を目指して努力することを求められる。法王様は21世紀に仏法を伝えていく強い使命感をお持ちだが、その使命感を共有しようという者には、仏教に対する敬虔さと真摯に求道する姿勢を厳しく求めておられるように感じる。と同時に法王様の仰る方向で真面目に努力する者には、その者のレベルがどうであれ、法を求める心に惜しみなくお応え下さることは疑いない。
 法王様は常々、「パブリックトークも大切だが、自分の本当の役割は仏法の話をすることである。その意味で、自分の本当の役割が発揮できるのは日本なのだ」とおっしゃっている。仏教を勉強して謁見に臨むなら、握手や写真を一緒に撮る機会は確かに無くなるが、仏教の師としての法王様に出会うことが出来る。
 法王は現在76歳である。4月29日の謁見の際に、ご本人はもっともっと長生きする決意であるとおっしゃっていたが、今のように活発に活動されるのはいつまでであろうか。あとどれほどの間、あの厳しさと慈愛に満ちた説法を聴聞することができるだろうか。是非、一人でも多くの仏法を求める方に法王様の謦咳に触れて頂きたいと考えている。



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