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お大師様のことば お大師様のことば

お大師様のことば(五)

大正大学名誉教授
文学博士・東京成就院住職
福田 亮成

 この一文は、「四恩(しおん)の奉為(おんため)に二部の大曼荼羅を造する願文」にみえるものです。文中に弘仁十二年の記があることから、お大師さま四十八歳の時にかかれたもののようであります。実に、お大師さまが『三教指帰』を執筆されたのが二十四歳。一修行者としてのあけくれを経(へ)て、三十一歳の入唐留学生として歴史に浮上された、約七年半ほどの空白の時代をかたった言葉であると推定されます。

 自身に深く内在している仏性が、だんだんと私をうながして、本来仏であるところへ帰るべき、源(みなもと)に心を向けているとはいえ、その道筋(みちすじ)に迷いに迷って、岐(ちまた)、即ち俗世間と聖なる世界とのはざまにたって、どれほどの涙を流したことであろう。というほどの意味でありましょう。

 お大師さまの涙は、弟子智泉のあまりにも早い別離のそれです。「悲しいかな、悲しいかな、悲が中の悲なり」、「哀なるかな、哀なるかな、また哀なるかな、悲しいかな、悲しいかな、重ねて悲しいかな」。文字通り、この涙は悲しみの涙でありましょう。

 「岐(ちまた)に臨(のぞ)んで幾たびか泣く」の涙は、迷いに苦しんだ、苦しみの涙でありました。しかし、それにつづく文章は、「精誠感(せいせいかん)あってこの秘門を得たり」とあり、なやみ苦しんだあかつきに、秘門(密教)の教えを得ることができた。「文に臨んで心昏(くろ)うして赤縣(せきけん)(中国)を尋(たず)ねんことを願う。人の願いに天順(したが)いたもうて大唐(だいとう)に入ることを得たり」と。

 お大師さまの空白の七年半は、入唐し、帰国後の大活躍を逆投影するならば、豊饒(ほうじょう)の七年半と云いかえたほうがよいように考えるものです。

 お大師さまの苦渋(くじゅう)の涙を尊いものと思うのは私だけではないはずです。

六大新報 第四一九〇号 掲載



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