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お大師様のことば お大師様のことば

お大師様の教え(三)

大正大学名誉教授
文学博士・東京成就院住職
福田 亮成

 この言葉は、『三教指帰』の末尾、十韻の詩の最後の句であります。

 俗世間、即ち感覚や知覚の対象によってたえず混乱している心は、そのなかに埋没(まいぼつ)してしまうものであり、さとりの世界こそが私達の帰りつくところである。すでに、その心境をわがものとしたとき、はじめて俗世間の束縛(そくばく)を思い知らされた。どうして俗世間(纓簪 -えいしん-)のしがらみをすてさらないことがあろうか、ということでありましょう。

 お大師さまは、『三教指帰』に登場します仮名乞児の言葉に託してご自身のことを述べておられます。

 私の家の資産はとぼしく、家屋は倒壊しかけている。二人の兄はつぎつぎとなくなり、親族はみな貧しく、涙は幾すじも頬を流れる、というようにであります。そうであるならば、優秀な真魚少年によせる一族の期待も大きなものであったはずです。よって、母方の伯父の阿刀大足先生も大きな期待のもと厳しい指導をしていたにちがいありません。しかし、ある一人の沙門との出会いによりまして、大学を中退し、一人の仏教修行者として生きるという大転換をすることになります。そのことにつき、まわりの人々は危惧(きぐ)をいだき、そして反対したにちがいありません。そして、その急先鋒は先生の阿刀大足でありました。

 ここに一多の親識 (しんしょく)あり、我を縛するに五常(人としての道)の索をもってし、我を断(ことわ)るに忠孝(道徳)に乖(そむ)くということをもってす。

 というごときであります。

 かかげました言葉は、お大師さまの出家への決意の宣言であります。三教の比較論を戯曲の体裁にして、そこに自己の思想遍歴の軌跡をのべ、それをもって内外にご自身の出家の心境を述べているなんて、なんともお大師さまらしいですね。

六大新報 第四一八五号 掲載



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